ポストコロナ症候群(コロナ後遺症)の漢方治療(2021/08/29改訂)

 新型コロナウイルス感染COVID-19から回復後も続く様々な症状が、JAMA誌オンライン版(2020年7月9日)にまとめられていました。
 中国、武漢の中医師らの報告によれば、重症者の多くが、著しい『瘀血(オケツ)』状態*注1)と、強い『痰飲(タンイン)』状態*注2)になっていて、この2つの漢方的徴候に対して徹底的に対処することで、重症者を減らすことができたと述べています。

 中医師によれば、感染初期からすでに痰飲の状態(舌に白苔、膩苔が厚く付いている状態)の人は重症化しやすかったそうです。また、COVID-19重症化は全身のサイトカインストームや血管内皮障害による血管炎(瘀血)であることが西洋医学的にも判明しているので、後遺症が残ってしまったポストコロナ症候群に対しても、感染後まもない時期には、残っている痰飲と瘀血を治療して、気血水の循環を改善する必要があると思われます。

 コロナ後遺症の病態は、まだ明確にはなっていませんが、英国国立衛生研究所がLong COVIDと呼んで、以下の4つの病態が複雑に絡み合っているものと定義しています。

  1. 急性期症状の遷延
    最も多く認められたのは、呼吸器症状で、呼吸苦、咳嗽、喀痰など、肺の器質化、線維化などがその原因と考えられています。また、嗅覚障害や味覚障害が特異的な症状で、イタリアからの報告によると33.9%で、特に若年者や女性に多く見られたそうです。
     漢方的には半表半裏の状態、六病位弁証では少陽病期として、様々な治療法があります。
  2. ウイルス後疲労症候群(post-viral fatigue syndrome)
    回復後に出現する症状で、発症から約3~4か月後に、約3割の患者に脱毛、記憶障害、睡眠障害、集中力低下などの症状が見られたというフランスからの報告があります。日本からの報告でも脱毛はほぼ同じ頻度で認められています。感染による肉体的精神的ストレスによって起きている可能性が指摘されています。
     漢方的には、気血両虚の証で、補剤と呼ばれる漢方薬群の適応があります。
  3. 集中治療後症候群(post intensive care syndrome: PICS) 
    集中治療室での治療後に生じる身体障害・認知機能障害・精神の障害を指し、重症者の多くが高齢者で、治療が長期化したこと、家族や友人とも会えず孤独な闘病をよぎなくされたことなどから、若年者と比較して重い症状が現れた可能性があります。
     漢方的には、加齢により心身が衰えたフレイル状態を改善する漢方薬が注目されているので、これらの処方が利用できると思われます。
  4. 心臓や脳への影響
    肺だけでなく心臓や脳にも感染して深刻な障害を残す恐れがあります。脳では髄膜炎や脳炎、心臓では心筋炎や心房細動などが報告され、COVID-19に特徴的であると認められています。
     漢方的には、心不全に併用すると良い漢方薬や、高次脳機能を改善できる可能性のある漢方薬があります。

したがって、当面は、以下の三つの漢方治療を中心にして、後遺症外来診療を行う予定です。

★微少血管障害治療★ 欧米では、若い人でもコロナ感染後に脳梗塞や心筋梗塞の発症率が5~6倍になるとの報告があります。
 漢方的治療としては、瘀血を除く作用の強い漢方薬を服用しながら、食生活習慣を魚中心の食事にし、血液をサラサラにして、血管が詰まるのを防ぐ必要があります。

★神経障害治療★ コロナの臭覚障害や味覚障害は、若い人の7割に生じるとの報告も出ていますが、脳の高次神経機能障害が認められたとの海外の報告があります。
 漢方的には、寒冷や湿気による気血水の欝滞によって神経症状が悪化するので、温めて水分代謝を良くする附子を含む漢方薬や、神経栄養因子や神経の可塑性・再生能力を高める「気血を補う」漢方薬が適応になります。また、脳内のオキシトシンやセロトニン神経を元気にする可能性のある漢方薬も活用できると思います。
 神経障害は、受傷後半年間ぐらいが再生可能性の高い時期ですから、なるべく早く、治療を開始すると良いでしょう。

★疲労倦怠感治療★ 感染回復直後に最も高頻度に認められる疲労感や微熱は、六病位弁証では少陽病位が多いので、柴胡剤が活用できます。実際に良くなった症例を経験しています。
 疲労倦怠がさらに進むと、『気血両虚』になります。 西洋医学に気虚や血虚を改善する薬はありません。

 コロナウイルスは、インフルエンザと同様で、感染力のあるウイルス排出期間は10日以内で、多くは5-6日です。PCRなどで診断がついて、発熱などの症状が消え、落ち着いて、10~14日を経過していれば、その後に他人に感染させる可能性はありません。
 茨城県内でも、以前にコロナウイルスに罹りましたという方が、相談にいらっしゃるようになりました。どうぞ、コロナにかかった方も、まだかかっていないけど痰飲や瘀血の体質があって心配だという方も、ご遠慮なく、当院にご相談ください。

★いつまで漢方治療を続けるか   漢方医学は、顕微鏡もない時代に発展した医学なので、基本コンセプトが「心身を元氣にすれば、病邪は退散する」と考える医学ですから、病気を取り除こうと考える西洋医学とはとても相性が良いと思います。元気になるまで、漢方薬を続けてください。

*注1) 瘀血とは、血流が滞って局所に血分が溜まり、血熱という炎症状態をきたすことです。西洋医学的には、サイトカインストームや微小血管炎、微小血栓症をきたしやすい状態、血液ドロドロ状態と考えられているものです。食事や生活習慣で瘀血体質(慢性炎症体質)を予防できます。
*注2) 痰飲とは、漢方カテゴリー座標である気血水の3つ全てが滞って、痰のような粘性の高い水分が全身のどこでも詰まらせる病態で、舌に舌苔が厚く付いていることが多く、呼吸器疾患の痰だけでなく、認知症も五臓の『心』の慢性的な痰飲と考えられています。

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